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一時休戦から再戦闘状態へ。
なんだかこの表現は愛がない…。


好きということをあらわす言葉が少ないという事実は100歩譲って認めることにする。
つうか認めざるを得ない。あまり考え込んでいると、私の頭は無限ループを起こしてしまう。
次に無い知恵絞って私がかんがえるのは、「好きの度合い」。

唐突だが、私はイチゴが好きだ。
真っ赤な色、味…あんま書くと食べたくなるのでやめておこう。
まあ、「あんまり書くと食べたくなっちゃうくらい好き」なわけだ。
では、私が誰か人を好きであるとして、その人のためなら何でもできる(というかする)ということは。
「その人のためなら何でもできるくらい好き」というわけだ。

以上の「好き」には、濃度の違いのようなものがあって、
私はその人のためなら何でもできるが、イチゴのためにはできることとできないことが生じている。


しかしながら、濃度の違いというのは、人によっても違う。
これが難しいところで、同じイチゴスキーにも、もしかしたら恋人押しのけてイチゴに飛びつく奴がいるかも分からない。
そうなった場合、イチゴ<恋人は成り立たなくなる。
不等号は、数字に対して使用するのと違って、同じ方向は向かない。
1<3は、そのような考えの下ではありえないようだ。

好きという感情は難しい。

付き合いはじめは、「この人とずっと寄り添うんだ」なんて考えるんだろうけれど、何年か経つと自分の気持ちが冷め切っていたり。
逆もあって、自分が好きなのに相手が冷めておいていかれたり。
そういうのは、時間経過で冷めていくものもあるし、何かをきっかけに崩れるものもある。
冷めていても、心のよりどころを求めて付き合い続けてしまうのは人間の悪い例のような気がしてくる。現に五ヶ月前くらいの私がそうだったが…。
冷め切った心に、何かの力がすべてを崩れさせるチカラを生んでしまう。
それが破局までを急激に進めさせる。


考えれば考えるほどに分からないので、考えるのはやめにする。
ダメだ、今一番分かりたいものは考えても所詮答えは見出せない物だった。
熱烈であることを冷静に考えると、謎が多すぎる。
しかし、熱烈であることは、とめられそうに無い。
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